アメリカではチップの文化・習慣が深く根付いており、ホテルやレストラン、タクシーなど様々な場面でチップを払う必要があります。
チップ文化は世界中にありますが、アメリカのチップ文化は他の国と異なる点があります。
それはサービスに対するチップが(事実上)義務であるという事です。
なぜチップは義務なのか?
なぜアメリカではチップが義務化しているのか?
それは、従業員の給料がチップの収入を前提に設定されており、ウェイターやタクシードライバー、ホテルスタッフなど、多くのサービス業の従業員が基本給だけでは生活するのが難しいためです。
ホテルコンサルタントの奥谷啓介氏はこう述べています。
「チップはよいサービスをしてくれたことへの褒章だから、期待に見合ったサービスが受けられなかった場合には、少なくて良い。」という、誤った常識を持っている日本人が多くいる。ここアメリカでは、チップは労働賃金の一部であり、15~20%は彼等が受け取る当然の権利だ。だから、個人の主観で金額を変えてはいけない。チップを受け取る部署で働く従業員は、その分、給料が低くなっている。彼等の家計を支える主たる収入はチップなのだ。もしサービスに不満があり、チップを払いたくないのなら、チップの額を減らすのではなく、マネージャーに苦情をあげるべきだ。
ジャーナリストのマイケル・ブース氏も朝日新聞のコラムで以下のように述べています。
アメリカでチップを払うかどうかは、客の意思に任されているわけではない。もしも意図的に払わずに店を出ようものなら、店の人はここぞとばかりに外の道までついてきて、非礼をとがめるだろう。
対米進出コンサルティングを行っている長野慶太氏はForbesのコラムでチップを払わない事は「非人道的と見做される」とまで述べています。
たとえどんなにサービスが悪くて、喧嘩寸前という扱いを受けたとしても、チップが「0」というのは文化に対する宣戦布告であり、常識外れというかむしろ非人道的とみなされるので、0は絶対に避けた方がよい。
0にするまでに、マネージャーを呼び付けて不快なサービスの改善を求めるというプロセスが、まともな客の発想だと期待される。
通常はマネージャーがお詫びのしるしに無料でデザートをつけたりしてくるので、そのぶんチップはちゃんと払うというスタイルになる。昨今では、激怒したアメリカ人の客は、チップはちゃんと払いながら、サイトのレビューで文句を垂れ流すというのが一般的なようだ(店員の実名まで出す人間もいて、それもいかがなものかとは思うが)。
チップ文化は世界中にありますが、チップが賃金の一部であり、支払いは事実上強制という点がアメリカのチップ文化が他の国と大きく異なる点です。
事実、賃金や給与に関する情報を提供しているPayScaleの調査によれば、ウェイターの収入のうちチップは62%を占めています。
余談ですが、アメリカではトランプ政権が打ち出した減税措置により、年間所得が15万ドル以下の人が受け取ったチップについては非課税となっています。
トランプ氏は「ウェーター、バーテンダーなどチップ収入に頼っている労働者の皆さん、チップは100%あなたのものだ。今後はチップに課税しない」と語った。
アメリカの最低賃金は2.13ドル!?
アメリカも日本と同様に最低賃金が定められており、雇用者は労働者に最低賃金以上のお金を支払わなければなりません。
アメリカ政府が定めている最低賃金は時給7.25ドルです。1ドル100円だとしたら725円です。
各州は政府の定めに違反しない範囲で(つまり時給7.25ドル以上で)最低賃金を定める事もできます。つまり、州によってはさらに高い金額が最低賃金として定められている場合もあります(もっとも高額なワシントン州は16.66ドル)。
しかし、チップ制の労働者には別途最低賃金が定められています。その金額は時給2.13ドルです。1ドル100円だとしたら213円です。
アメリカの最低賃金を調べてみたら驚きの事実が判明。アメリカ政府の定めている最低賃金は現在、時給7.25ドルですが、チップ制の従業員たちの最低賃金はなんと、時給2.13ドル……! 初めてチップ制の最低賃金が設定された1991年から、変わっていないのです。
チップで補われる事を前提に設定されているので、このような金額になっています(こちらも州によってはより高い金額が定められている場合もあります)。
つまり、アメリカにおけるチップは”感謝の気持ち”ではなく、労働者にとって重要な収入源であり、支払いは必須だという事です。
なので、チップを支払わない事は、料金の一部を支払わない事と同様の扱いを受ける可能性があります。
オンライン旅行会社のExpediaも、自社の情報サイトで、「アメリカでチップを払わないのは、日本のお店で1,000円の商品を800円だけ払って持ち去るようなもの」と記しています。
投資と金融に関するウェブサイトのInvestopediaは「サービスの質が悪かった場合、チップは少額でも構いませんが、10%を下回らないようにしましょう」と記しています。
こうしたチップ文化に疑問を抱くアメリカ人も少なくありません。
CNBCの料理レポーターであるコーリー・ミンツ氏は、チップの構造について以下のように述べています。
チップが店員の努力を反映するもの、あるいは感謝の気持ちを表すものだという考えは、歪曲されたものです。
実際には、チップは社会的な礼儀としてほぼ必須であり、レストランはそれを悪用して、43州で州または連邦の最低賃金よりも低い時給でスタッフを雇っています。実際には、客はチップでその差額を補填しており、フルサービスのレストランではチップが収入の大部分を占めることもあります。
つまり、チップは低価格という幻想を維持し、レストランが従業員の給与を低く抑えるための詐欺なのです。
出典:Should coffee at Starbucks require a tip? New prompt sparks misplaced outrage
チップ文化を「詐欺」とまで言い切っています。
ミンツ氏に限らず、「チップは雇用主が支払うべき賃金を顧客に払わせている制度だ」と考える方は少なくありません。
Bankrateの調査でも、多くのアメリカ人が同様の理由でチップ制度に否定的な感情を持っている事が明らかになっています。
米金融サービスのバンクレート社が6月に発表した調査で、およそ3人に2人にあたる66%が、チップに何らかの否定的な感情を持っている実態が明らかになった。
チップ制度を嫌う最多の理由(複数回答)は、「企業はチップへの過剰な依存をやめ、従業員により多くの給料を払うべきである」(41%)だった。従業員の給料をチップに依存することに疑念が寄せられているようだ。
出典:無人セルフレジなのにサービス料を請求される…アメリカ人の3人に2人が嫌悪する「チップ文化」は必要か 1400円のクッキーに560円のチップを求められる | PRESIDENT
しかし、アメリカではこうした問題を認識しつつも、チップ制度の廃止に失敗しており、現在もチップ制度は廃れる兆しはありません。
ちなみに、ヨーロッパでは賃金の一部を客に委ねる雇用者のやり方に反発が生まれ、1900年代初めまでにチップ文化そのものが廃れていきました。
ヨーロッパのチップ文化がアメリカほど強制でないのはこれが理由です。
まとめ
サービス業に従事するスタッフはチップを収入の一部として生活しています。
ですので、チップの支払いは基本的に義務です。
サービスを受けた方は、従業員にチップを支払いましょう。